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2002年02月06日
入 院
ドックより
105日目
 9:30 T大学病院にて入院手続に入る。入院保証金10万円。主治医はS先生。他にU教授、K先生の3医師による体制。担当看護婦はIさん。婦長はOさん。看護婦チームはA班、N副主任、Mさん、Iさん、Oさん、Sさん、SGさん、Hさん、HRさん、INさんのメンバー。
 昼食後、自己血の採血。院内の輸血部にて、W先生のもとで2回目の600ccを採血する。都合1,200ccを準備。16:20 主治医の診察を病室にて受ける。前立腺触診、聴診器による呼吸機能(既往症、肺結核を懸念)等。手術時の執刀はU主任教授とのこと。
入院3日目  9:20 主治医より呼吸機能検査結果の説明を受ける。一部に機能の閉塞が見られるが、正常より少し低い程度なので、手術には問題ない、とのこと。既往症肺結核のレントゲン写真を見て、手術時の呼吸機能を心配していた様子。
入院4日目  11:20 麻酔科のT先生から手術当日の麻酔について説明を受ける。硬膜外麻酔と全身麻酔の二段構え。13:00 K先生、S先生から手術のオリエンテーションを受ける(informed consent)。家内と娘が同席する。前立腺全摘除術、合併症、麻酔関連、だるま落し、バルーンカテーテル、ドレーンなど聞き慣れない言葉が続く。手術と術後の経過について、図を書いて説明された。
入院6日目
手術前日
 9:50 若い看護婦のOさんにより剃毛。家内が花を、ガーベラ、カスミソウ等を持ってくる。
 15:00 手術に備えてシャワーを浴びる。19:00 より点滴開始。21:00 以降は絶食。但し、手術当日の朝、血圧の薬(常用している)は服用するよう指示あり。
2002年2月12日
手術当日
ドックより111日目
 手術のことは、その直前がいやだが 、本人は何も意識が無いので、夢も見ずずっと寝ているのと同じ感覚でした。午前8時15分に手術室に入り、硬膜外麻酔と全身麻酔を受けるがかなり早めに麻酔が効いたよう。回復室で目が覚めたのが午後1時半頃だった。約5時間何もわからなかったことになる。回復室で、執刀もしてくださったU主任教授をはじめ病院スタッフや家族の顔を見て、あぁ無事手術が終わったと実感しました。
 気がつくと、管がいっぱい体についていました。鼻には酸素吸入用チューブ、胃内チューブ、点滴2か所、硬膜外麻酔用チューブ、導尿用バルーンカテーテル、腹部ドレーン2か所の合計8本です。痛みは殆どないものの、体を自由に動かせる状態ではありません。血圧は最高が100を切っていて気力はありません。貯血してあった1,200ccは殆ど使ったとのことで、大変な手術だったと実感しました。次第に意識がはっきりしてくると、手足が寒く感じ、握ってくれた家内の手がとても暖かかった。やがて採血と胸部及び下腹部のレントゲン検査が行われました。
 監視データ−としては、心電図、血圧の自動測定がなされていたようです。とにかく手足が寒い。夜になって、むかつきとバルーンの違和感が強くなり、医師に訴える。鼻からの管をもう少し押し込んで胃液を取り出しやすくし、むかつきを抑える注射と痛み止めを点滴から打ってもらい、安眠出来るようになりました。午後9時頃のことです。
術後2日目  早朝、腹部の消毒。酸素マスクは午前中に取り除かれた。
 血圧が110を越えるのを待って11:00 回復室から病室へ移動。13:30 鼻のカテーテル、動脈点滴が取り除かれる。16:15 血圧が156/80に上昇(私にとっては常態にやっと戻った、と言う感じ)。
 17:20 持参の降圧剤アダラートを、医師の指示で飲む。術後は降圧剤を飲んでいない(手術直前まで飲んでいた)。20:30 頃、突発性頻脈に襲われる。当直のK先生が心電図を、看護婦さんが血圧を測定(正常範囲内)、脈は120/分程度か。心電図は正常範囲。
 医師に相談して、持参のβブロックであるテノーミンを飲み、数十分後に収まる(1997年12月からずっとβブロックを毎日服用していた)。
 手術そのものが心臓に負担を掛けるらしい。心電図の自動測定は(翌日の午前中まで)続けられる(電波でナースセンターに送り、そこで監視)。突発性頻脈の原因は不明のまま。夜、顔は火照るが、足元がとても寒い。湯たんぽをもらう。閉鎖式導尿バックの調子が悪い(翌日、K先生の指示で交換してもらう)。この夜が最も寝苦しく辛い夜となった。
術後3日目  今朝より5分粥の食事。S先生より、昨日の突発性頻脈に関連して、心臓の超音波検査(来週)を受けるよう指示される。私は何故か受けたくないと言い張る。再発すれば別だが。
 12:15 教授単独回診。その時、頻脈の件を説明。検査も受けたくない旨を強調。
 教授も突発性頻脈の経験があると言う。心臓の超音波検査ぐらいすぐ終るよ、私(教授)も検査した、と。それでも出来たら受けたくないと強行に主張する。
 家内からの差入れの花はラナンキュラスだ。
術後4日目  6:00 体温36.9℃、血圧130/70、脈拍80。8:00 医療器具ネブライザー(痰の発生を抑える)使用。10:35 教授単独回診。11:00 消毒後、安静度が緩和され、室内歩行許可が出る。病室内を15分歩き回る。まだ左右のドレーン、バルーン、点滴をつけたままだが。
 病室よりかかりつけのS先生に電話し、術後の状況を説明する。
 13:50 恒例の教授回診。娘が来る(14:10〜18:30)。20:00 K、S両先生の回診。
術後5日目  今朝より全粥となる。8:45 消毒、左右のドレーンをカットし閉鎖式導尿バックから切り離す。バックには血と体液が何百ccか溜まっていた。ドレーンは2本ともまだ体内には残っている。
 13:25 K、S両先生の回診。
 16:40 Y先生が消毒。21:00 H先生(大学院生)の消毒時、陰嚢の腫れを訴える。近くを手術しているので水が溜まるのは普通の現象、熱が無ければ、自然体で吸収されるのを待つ、との説明を受ける。熱はない。
 左右の太腿に赤い小さい斑点模様の湿疹が目立ちはじめた。夕食後より薬を2日分服用す。テープ被れらしい。S先生より、心臓超音波検査(2/19予約)は取消しにした、と連絡あり。
術後6日目  6:00 体温36.5℃、血圧128/70台、体重55.36kg。今朝より普通食。
 9:15 H、K両先生の消毒。その後、屋上、売店、一号館2階廊下徘徊のコースで散歩する。
 友人夫妻が見舞いに来てくれる。初めての見舞い
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術後7日目  6:20 看護婦のHさん。体温36.3℃、血圧128/80。
 陰嚢の腫れ、湿疹共に退き始める。9:45 K、Y両先生、看護婦のHさんで消毒と膀胱洗浄右ドレーンを体内から抜く
 13:00 尿カメは3,200cc(前日の午後1時から今日の午後1時までの24時間)。尿に少量の血が混じる。今夕で点滴は終了。点滴終了後は水分摂取に注意のこと、との指示。手術前の尿の量は一日二千数百cc程度。
術後8日目  5:30 採血、採尿。6:40 看護婦のHさん。体温36.7℃、血圧110/70、脈拍75。
 8:40 K、KH両先生と看護婦のMさんで消毒と抜糸(抜抗(バッコウ))。抜抗は半分のみ。ホッチキスのステープルの形をしていて、それよりももっと大きく金色の金属で、20数本が切開ラインに跨って止めてある。それを互い違いに抜抗して、半分を抜き取った。抜く時の痛みは殆どない。
 12:00 教授単独回診で曰く、別人の様だ(回復状況を見て)。
 19:15 看護婦のHさんが検温。血圧は110/70。
 20:00 教授単独回診。1分程度。20:50 A先生の消毒。
 
 この時点での服用の薬は次の通り。
 @Tenormin50(朝1回) AAdalat-L20(朝、夕) Bフェロミア錠50mg(朝、夕各2錠−造血剤)Cソロン錠50(朝、夕−胃薬) D酸化マグネシュウム0.3g(毎食後−便を柔らかくする) Eクラビット錠100mg(毎食後−殺菌)。@とAは降圧剤で持参のもの。@がβブロック剤。
術後9日目  陰嚢の腫れ退き始める。
 8:40 K先生と実習生のSさん。消毒と抜抗(残り12本)。K先生曰く、手術痕は綺麗です。
 9:00 シーツ交換。家内が差入れの花を。アルストロメリア、スイートピー、カーネーション、カスミソウ。足の裏のツボ圧しをしてくれる。
 16:15 S先生、看護婦のIさんの消毒。手術痕が綺麗だと言うので、初めて見た。
 17:05 K、S両先生の回診。
術後10日目  10:00 K、S、Oの三先生と看護婦のIさん。手術痕のガーゼ当てはもうしない。膀胱洗浄。
 11:00 教授単独回診。12:55 尿量は3,200cc
 17:10 S先生と看護婦のSさん、お腹のテープ被れを診る。
 18:45 尿に血が混じる。術後7〜10日で膀胱の組織の一部が剥がれるなどして出血することがある、と言う。
術後11日目  6:45 又尿に血が混じる。9:50 S先生(女医さん)の消毒。その程度の血の混じりは心配ない、とのこと。
 昼過ぎ家内が来る。少しつかれている様子なので早めに帰った。
 13:00 尿量3,500cc。14:00 教授回診。18:30 K先生、看護婦のKさんで消毒。
 18:55 S先生の回診。血の固まりや粘膜の剥がれが混じることがある、とのこと。
 20:20 K先生の回診。動くとバルーンが膀胱に触れてそうなる、順調に回復しているので心配は要らない、との説明を受ける。
術後12日目  6:00 体重54.10kg。9:25 S、K、Yの三先生で消毒。尿に老廃物のようなモロモロと、魚の臓(ハラワタ)のようなものもが混じる。13:45 K、S両先生の回診。
 13:50 看護婦のNさん、体温36.7℃、脈拍70台。陰嚢の腫れもかなり退く。
 19:10 尿は綺麗になる。
術後13日目  6:20 体重測定、53.80kg。両手の甲の痣(アザ)がほぼ消える(オペ時の注射針の内出血)。8:05 看護婦のHさんに、尾てい骨あたりに500円硬貨程度の大きさの床擦れらしきものがあるので診てもらう。
 9:55 S先生、看護婦のMさん。消毒時に床擦れを診てもらう。治りかけているので処置せず。3日間安静と腹帯との摩擦が原因らしい。
 15:20 尿にモロモロが混じる。18:30 看護婦のIさんがドレーンの消毒を。
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術後14日目  8:15 床擦れを観察。500円硬貨より一回り大きいか。中央は湿っているし、かさぶたも複雑。
 8:50 S先生、看護婦のYさんで消毒。床擦れを診てもらう。薬をつけてガーゼを当てる処置をしてもらう。
 10:00 教授の単独回診。PSA値と私の例が話題に(60歳では少し早いが…とか、退院後も暫らくは(尿が)じゃじゃ漏れとか、昔は前立腺の手術が大変だったとか、6ヵ月ぐらいはゴルフで体を捻ると漏れるとか、の話)。
術後15日目  9:30 S、O、Y、SAの四先生。消毒す。床擦れの処置で意見が分かれるが、S主治医の判断で、引続き処置する。
 昼過ぎ家内が差入れの花を。サンダーソニアとカスミソウ。黒猫のマスコットが増える。
 14:50 Mさんが見舞いに。
 15:00 S先生の消毒。
 16:03 教授回診。(摘出組織の)病理組織的検査の結果は『全部とり切れている』(周囲への浸潤やリンパ節転移もない)とのこと。良報である。
 18:05 S先生の回診。
術後16日目  6:30 自室で、術後初めて、頭をシャンプーする。9:00 シーツ交換。
 9:15 S先生と研修生。消毒と床擦れの処置。ペニスより軽い出血(バルーンとの摩擦)があるので、ペニスにガーゼを当ててもらう。
 9:35 看護婦のIさん、バケツに湯を入れて病室へ。背中を拭いてもらう。その後足をバケツに入れて洗う
 12:50 尿量は2,700cc。13:15 体温36.4℃、血圧106/60。
 18:35 S先生の回診。19:40 看護婦のMさん、全体として順調な回復ですね、と。食事の摂取状況は、例外(鯖とグレープフルーツ)を除いて何時も全量食べている。
術後17日目  5:10 看護婦のIさん、採血。
 9:50 S先生と看護婦のOさんで消毒。
 12:20 教授単独回診。午後家内が花の差し入れ。花はデルフィリューム・ハイランドブルーとマーガレット(白い花)。
 午後3時過ぎ、趣味仲間の先輩Tさんが見舞いに。
 16:30 尿に不純物が混じる。感じが良くないのであまり動かず。
 20:10 K先生の回診。尿の件は殆ど問題視せず。抗生物質のクラビット錠は明日から服用中止で良い、との指示。
術後18日目  6:40 看護婦のOさん、腹帯をチェック。
 7:00 尿カメは赤ワインを薄めた色のものが1,100cc、正常が2,000cc。
 10:25 S先生、研修生とSさん。消毒と膀胱洗浄とペニスのガーゼ巻。ドレーンの沁みはもう殆ど無い、と言う。11:30 尿量3,700cc。
 13:30 看護婦のMさん、体温36.6℃、血圧110/60、脈拍78。
 14:20 恒例の教授回診。バルーンを近く抜くとの予告あり。
 17:30 S先生回診。来週頭ぐらいに抜くとのこと。21:00 看護婦のIさん、腹帯をチェック。
術後19日目  6:30 看護婦のOさん、腹帯のチェック。
 9:35 S、Yの両先生と看護婦のYさん。ドレーンとペニスの消毒。床擦れの処置。12:00 尿量3,200cc。正常の色。
 12:50 K、Sの両先生。貧血は改善されたので造血剤の服用は不要、病理組織的検査の結果からも手術は成功だった、と。
 S先生は来週不在(退院時)。お世話になったことに謝意。3月5日に抜いて、その週の内に退院予定、退院後2週間目に外来で診察、とのこと。14:00 看護婦のHさん、体温36.3℃。
 家内が昼過ぎから2時間ほど来て、バルーンカテーテルが取れた後の、尿とりパッド類を売店で購入。
術後20日目  6:00 体重測定、54.48kg。6:40 看護婦のHさん。昨晩隣りの個室に、緊急入院の患者さんがあり(午後11時から0時に掛けて)、騒々しくてご迷惑を掛けた、と説明あり。
 9:25 K先生と看護婦のSさんで消毒。
 11:30 尿量2,800cc。14:50 看護婦のHさん、体温36.5℃。寝ながら琵琶湖国際マラソンをTVで見る。20:45 看護婦のOさん、腹帯のチェック。
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術後21日目  8:35 K、Yの両先生と看護婦のHさん。消毒とY先生による膀胱洗浄(4回目)。明日バルーンカテーテルを抜くとのこと。ペニスをガーゼで包むのは良くないので、当てるだけ、と指示(K先生がY先生に)。
 9:10 教授とK先生。教授立会いのもと、K先生が自らバルーンカテーテルを抜く。深呼吸して息を吐くタイミングで抜いた。明日の予定が教授の指示で今日になった模様。
 最初のオシッコはコップにとって、看護婦に見せること、との指示あり。
 14:55 教授回診。尿の垂れ流し状況をヒヤリング。立つと尿が自然と流れるような感じ。どうしょうもない。
 午後5時ごろ娘が来てチューリップ6本差入れ。
 19:20 K先生回診。尿漏れをヒヤリング。明日ドレーンが抜ければ金曜日に退院か、とのこと。
術後22日目  6:00 看護婦のHさん。尿カメは2,400cc。その他、尿とりパッド9枚とパンツ1枚を使用。昨晩は40〜50分毎にトイレへ
 8:45 K先生と看護婦のSさん。最後に残った管、左側のドレーンを体内から抜き取る。今日からシャワーOK
 11:15 オペ後初めてシャワーを浴びる。今朝抜いたドレーン痕には防水シートを貼ってもらってから(看護婦のIさん)。ペニス洗いに時間がかかった。
 18:50 K先生回診、尿漏れのヒヤリング。20:30 Hさん、ドレーン痕のチェック。
 午後、勤務先から見舞い。
術後23日目  6:15 看護婦のSさん、ドレーン痕をチェック。尿カメは2,000cc。この他、尿とりパッド13〜14枚使用か。
 9:10 H、Sの両先生。ドレーン痕はもう処置せず。床擦れも処置せず、いずれも自然体でOK、とのこと。
 13:00〜13:30 病棟の屋上で散歩兼日光浴。今年は花粉症対策無し(入院中のため)だが、風も無く無防備で屋上へ。14:10 体温36.6℃。
 17:00 頃、K先生回診。退院の日程を相談される。金曜日を希望する。診断書の件を相談したところ、預かるとおっしゃるので、アメリカンファミリーと(郵貯)簡易保険の指定診断書を渡し、当院の所定の診断書も、各一通ずつ依頼する。
 19:00 教授とK先生回診。退院は希望通り3月8日、金曜日に決まる。退院後の外来再診は、当初20日の予定であったが、教授が早めの13日(水曜日)を指定。その後は、PSA値を1ヵ月毎フォローすることになるらしい。ここでも、教授から、全部執り切れていますから…の発言あり。又、尿のコントロールは一ヶ月もすれば回復するので、気長に、とのコメント。
 午後、勤務先から見舞い。
術後24日目  6:20 体重は54.46kg。10:00〜10:30 マスクをして屋上散歩。10:40 病室にてシャワーを浴びる。12:25 K先生が挨拶に。午後から明日にかけて外出とのこと(退院時に居ない)。お世話になったことに謝意。
 13:45 看護婦のOさん。体温36.2℃。脈拍66前後。17:00〜18:45 娘が桜餅を差入れ。
2002年03月08日
退院の日
術後25日目
ドックより
135日目
 11時頃には、病院側の退院準備が出来る予定。朝食後から準備にかかる。家族(家内と長女)が来るのを待って荷造り完了。10時半過ぎ、まだ来ないので、先に退院時の費用精算のため、一階の窓口へ。費用総額を入院保証金10万円と相殺してクレジットカードで支払う。病室に戻ると家族が来ていた。荷造りも終える。
 SA先生に挨拶し、K、S両先生によろしくと。婦長さんに挨拶のほかは、ナースセンターには馴染みの看護婦さんがあまり居なくて、短時間で退出する。
 11時ごろ病院を出、電車を乗り継いで午後3時ごろ自宅に到着。
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